大切なもののこと話しましょうか

「リアン・トゥレジュール」ショップコーディネーター
osozakiさんの

 古いお付き合いになる骨董店の女主人から「信頼できる人に持っていてもらいたい」といただいたもの。彼女が育った旧家に、代々伝わるものだったらしいんです。 
私がアンティークの魅力に目覚めたのは彼女のお店のおかげですね。買い物だけのお付き合いじゃなく、精神的なつながりがそこにはあって。そのお店は私にとって、外界とは違う、本当に好きなものだけで満たされた夢の世界で、「これは本物だろうか、偽物だろうか」といちいち思わなくてすむ場所。アンティークランプやキャンドルの灯りに囲まれて、アンティークのテーブルでおいしい紅茶と手作りのお菓子を出してくださるんですが、そうしていると本当に時が止まったかのようで、朝お邪魔して、気づいたら夜の10時までおしゃべりしてた、なんてこともありました。

 お店の中にそれこそ山ほどあるアンティークのひとつひとつのエピソードを全部知っていて、それを語って聞かせてくれるんです。いつ頃の時代に、どこで、誰の手でどんな風に作られて、ということや、それが大量生産の時代に変わって、ものづくりがどう変わってしまったのかということも。「もの」を知ることが、文化や社会背景の変化も知ることにもつながって、すごく勉強になりました。

 でも今はそういう物語に思いをはせるより、むしろ「このアンティークが雑誌に載っていたから」とか「最近流行っているから」という理由で買う人が多くてさみしいとおっしゃっていましたね。上等な古伊万里でも平気で電子レンジにかけちゃう若い人もいるとか。私にとってはアンティークとは「探しに行く」ものではなく「出会う」もの。出会ったものは、ちゃんと生活の中で愛情を注いで生かしたい。飾りものはいやなんです。それは今のショップのセレクトでもこだわっているところですね。

コピーライター
松本幸さんの

 パリに住んでいた頃、友人のアパルトマンを訪ねて目にしたのが、暖炉の上に無造作に置かれたこの紙。アメリカの詩人サミュエル・ウルマンの「Youth」から取ったフレーズが印刷されていて、冒頭の「Youth is not a time of life; it is a state of mind(若さとは人生の一時期のことではない。それは心の状態のことだ)」から始まる言葉たちに、心が震えるほどしびれたんです。友人がベルギーのアントワープに行ったら、活版印刷の栄えた歴史的な町だから、そういうのがおみやげ品みたいに売られてて買ってきたらしいんですね。そんな話を聞いて、その場はそれで別れたんですが、その後ずっとその詩が忘れられなくて、結局、後日「ねえ、あれ、譲ってもらえないかなあ」と。おずおずと、かつ強引に(笑)貰い受けたんです。普段はあまりものに執着しないほうなのに、自分でも意外な行動でした。

 その頃は本当に貧乏で食べていくだけで精一杯の暮らしで、明日もよく見えなくて、でもその分、生きてる喜怒哀楽がほんとうにくっきりと濃厚だったというか。飾りを全部そぎ落として「大丈夫、身ひとつと本当に必要な最小限のものがあって、一緒に笑い合える相手がいればなんとかなる」ということが実感できた時期でもありました。そんなときにこの一枚の活版印刷が、いつも部屋の片隅から「怖れるな、心を鈍らせるな」っていうメッセージを発して、私を心の底からあたためて、勇気づけてくれていた気がします。

 パリでも、日本に帰ってからも、部屋のいつも目につくところに、この紙を入れた額を飾っています。

フォトグラファー/カフェ「PLUS FRESH」オーナー
チャーリー宮澤さんの

 モノクロ写真を手焼きするための60年代ドイツ製のフォコマットっていう機械とレンズです。電球の光によってフィルムの画像がレンズを通って、下の印画紙に焼き付けられるんです。このレンズの良し悪しで写真の味も決まるんですね。

 昔は「プリンター」と呼ばれる職人さんがモノクロを焼いてくれるのが当たり前だったんだけど、デジタル写真に押されて2005年ぐらいから職人さんも次々廃業していって。もうフィルムが続けられないならカメラマンも辞めようかと迷っていた時にたまたま譲り受けたんです。

 現像技術は、芦屋にある写真スタジオの貸し暗室に通って教わりました。最初の1~2枚をテストで焼いて、3枚目で本番の仕上がりにできるようになったらプロだって言われたんだけど、最近ようやくそのレベルまで辿りつけたかなって気がします。撮影から現像まで、モノクロ写真をすべて自分でコントロールできるようになったのは大きいです。自分が撮った写真を、自分の満足のいく質感で見たいがためにやっている感じで…。でも自分が楽しくなければカメラはやらないと思います。

 若い頃ブライダルのプロデュース会社にいて、カメラマンに写真を発注する側だったんですが、彼らプロが撮る写真が、全然カップルの内面を見ていない!って思ったのが、自分で写真を撮ろうと思ったきっかけなんです。結婚式当日に「初めまして」って言って撮る写真じゃなく、もっと全体像を撮ってあげたくて、独立当時は、博多でも新潟でも半分自腹を切ってカップルに会いに行ってましたね。結婚式前夜に自宅で親子でお茶飲んでる写真や、田んぼを背景に家族が勢ぞろいした写真なんかも撮って、手作りのアルバムに収めて納品して。そうやって独立当時に撮らせてもらったカップルに、「子どもが生まれた」とか「妹が結婚するから」といって、また撮影を依頼されたりすると、うれしいですね。

印刷会社営業
山森彩さんの

 落ちこぼれ寸前で将来の進路にも迷いまくっていた大学時代、3回生の専攻の授業で使っていたグレアム・グリーンの「Twenty-One Stories」。初めて自分の感覚にフィットする文学に出会えた手応えを感じたんです。この短編集の中の「地下室」っていう物語は、幼少期の強い感受性を題材に、起こったことを描写するんですが、その言い回しとかが自分が断片的に覚えてる過去の記憶とぴったり重なるんです。それがすごく好き。

 結局、卒論の題材にもG・グリーンを選んだんです。タイトルは「イノセンスと不良」。「イノセンス(無垢)」はグリーンの短編のタイトルにもなっていて、彼の文学を象徴的に表す言葉かもしれません。無垢な人ほど、特異な才能や、特殊な愛情を持ってたりする反面、不良と見られたり、社会に馴染めなかったり行き場がなかったりしますよね。そういう人の心境に近づいてみたいっていう思いがあって。それは多分、当時の恋愛の影響もあると思うんですけど(笑)。とにかく、ずっと自信のなかった私が、それまでになく文章で自分をさらけ出して表現できたターニングポイントかも。

 ちょうど20~21歳ぐらいでしたけど、この頃に出会った人たちとは今でもすごく密な関係です。働くようになって、周囲に影響されたり、自分を探して迷ったりもしたけど、ふと気づくと最近、あの頃の自分の好みに戻ってる気がすごくするんです。好きな原点って、案外変わってないんだなって思いますね。

WEBプログラマー
名原周治さんの

 映画「ロストイントランスレーション」のサントラ盤です。中古で手に入れたんですが、今はもっと値上がりしてるかな。80~90年代の「シューゲイザー」という「靴を凝視するように終始うつむいてギターを弾く」スタイルの音楽ジャンルがあるんですが、その「シューゲイザー」の集大成みたいな曲目です。退廃的で気だるいのにキラッとしてる世界観がいいんです。「ロストイントランスレーション」という映画もまさにそんな倦怠感や閉塞感や憂いのなかの“きらめき”みたいなものを表現してて、まさにシューゲイザー的。シューゲイザーの音楽が全体の通奏低音のように使われてます。

 そもそも僕が音楽に目覚めたのは、高校生の頃。当時人気のあったギターポップや渋谷系音楽に洗礼を受けたギター少年でした。大学在学中にレコード屋でバイトするうちに、知り合いに誘われてDJとしてクラブイベントに参加するようになるんですが、そんな活動の中で、自分の好きな音楽のルーツを探っていったら、シューゲイザーに辿りついたんです。

 今はDJ、リミキサー、バンドのギタリストなどの音楽活動を続けながら、ウェブプログラマーとして仕事をしていますが、音楽とプログラムは自分の中ではすごく近いんですね。音楽制作はPCで行うことが多いんですが、構造をビジュアル化して重層的に作り上げていく過程が似てるなって思います。実際プログラマー兼ミュージシャンって多いんですよ。

グラフィックデザイナー
田中英志さんの

 10代の終わり頃、祖父が亡くなった時に形見にもらった着物。祖母が縫ったもので50年ぐらい前のものらしいです。祖父は喫茶店に行くにも三つ揃いとソフト帽を身につけるようなすごくおしゃれな人。祖父も祖母もいわゆるモボとモガというか。食うに困っても着るものは粋でいたいという家風なんですね。僕も小さい時から「おじいちゃんがおしゃれの到達点」みたいに思ってるところがあって、祖父が持ってたソフト帽とか、竹の柄の傘とか、将来いつかは自分も似合うようになりたいっていう憧れがあるんです。自分が目指す「かっこいい人」のモデルが祖父なんですね。

 祖父と暮らしてた10代までの頃は共通の話題もそんなになかったせいか、何を話したとかいう記憶はさほどないんですけど、でもすごく守ってくれてたっていう気がします。僕が小学生の頃からよく学校をサボってぶらぶらほっつき歩いていても、何も言わずにかばってくれた。近所に祖父のなじみの喫茶店や立ち飲み屋がいくつかあって、そこにコーヒーやお酒を飲みに出かけるのが日課みたいになっていたから、小学生の頃はよく「行くか?」みたいな感じで連れて行ってもらってましたね。

 こないだ奥さんに言われて気づいたけど、僕が祖父や祖母の話をする時は、いまだに現在進行形で話してるって。今も生きてる人みたいに話してるっていうんです。この着物も久しぶりに出して広げてみたら、なんかドキッとしました。祖父の気配が伝わってくる気がして。不思議なんですが、隔世遺伝というか、ヘンなディテールが、僕って笑ってしまうほど祖父にそっくりなんですよ。頭の形とか、つむじの巻き方とか、耳の骨の形とか。あと性格面で言われるのは「頑固」(笑)。

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